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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和34年(う)185号 判決

被告人 宮村勝次 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人宮村勝次を懲役壱年六月に処する。

被告人横田勇吉を懲役壱年弐月に処する。

訴訟費用中原審における証人寺本作郎、同井関三郎、同高崎栄作、同村上市蔵及び国選弁護人岩上勇二に支給した分は被告人宮村勝次の負担とし、原審におけるその余の部分並びに当審における訴訟費用中証人岡島与吉、同源大正一及び国選弁護人増田疇彦に支給した分は被告人両名の連帯負担とする。

理由

事実誤認の論旨について。

記録によれば原判決が第一、一、二、第二、第三の四個の各詐欺賭博の事実につき認定した欺罔手段は所論のとおりであることが認められる。所論は「原判示の各賭博において被告人横田が勝を制したのは同被告人が自己の有する勘の鋭さによつて自己の欲する月札の所在を測定するにつき七十パーセント乃至八十パーセントの的中率を有する技能を有する点にあるのであつて、同被告人のなした方法は、賭博として通常許された方法並びに範囲において行つたのであり、特殊の工作を施した花札を使用したとか、又は指先の工作により花札をすりかえたとか言うような欺罔手段を施した事実は全然ないのであるから、原判決が本件を詐欺罪として処断したのは事実誤認である」旨主張する。案ずるに原判決挙示の証拠殊に検察官に対する被告人横田勇吉の供述調書(特に記録三百八十丁)並びに当審における事実取調の結果を綜合すれば被告人横田は花札を弄ぶ技に長じ、花札を使用して勝敗を争う場合、八十パーセント以上の勝率をおさめ得る技倆を有するところより、被告人両名及び原判示南永純の三名共謀の上、客より金員を騙取せんことを企て、被告人横田は所謂仕事師、被告人宮村は所謂客引兼誘い役、南永純は所謂陰役となり、原判示第一、一、二、第三の各日時及び場所において、花札による賭博につき技倆拙劣な、所謂素人の原判示岡島与吉、源大正一を誘い込み、被告人横田において原判示山札の月数に対する記憶と勘により自己の欲する月札の所在を測定するにつき八十パーセント以上の的中率を有する優秀な技倆のため客観的には同被告人の勝率が殆んど確実なるにも拘わらず、右岡島及び源大に対し夫々恰かも偶然のゆえいにより賭博をなすものゝ如く装い原判示相撲取株又は追丁株なる方法により金銭の得喪を争う形式の下に賭博を行い、被告人横田において同人の所期する如く勝を占め乍ら恰かも同人が偶然勝利をかち取つたものゝ如く誤信させて右岡島、源大の原判示巨額の賭金を被告人等の所得に帰せしめ、以て之を騙取し(以上原判示第一、一、二第三の事実)被告人横田及び南の両名共謀の上、右岡島より金員を騙取せんことを企て、前記のとおり被告人横田において客観的に勝率殆んど確実なるにも拘わらず前記岡島に対して偶然のゆえいにより賭博をなすものゝ如く装い同人をして誤信させると共に、南より岡島に対し原判示他人葺替なる方法により岡島の従前の賭博による損失を挽回し得るものゝ如く教示して同人をして其の旨誤信させ、よつて原判示第二の日時及び場所において被告人横田は仕事師、南は陰役となり岡島と共に原判示追丁株の方法により金銭の得喪を争う形式の下に賭博を行い、前記のとおり客観的に勝率の殆んど確実な被告人横田において、同人の所期する如く勝を占め乍ら恰かも同人が偶然勝利をかち取つたものの如く誤信させ、よつて岡島の原判示賭金を被告人横田等の所得に帰せしめて之を騙取すると共に被告人横田の岡島に対する家屋買受代金支払義務を相殺により免れさせて財産上不法の利得をなした事実(以上原判示第二事実)を認めることができるのみならず又被告人横田は原判示、各賭博に際し特殊の工作を施せる花札を使用したとか又は指先の工作により花札をすりかえたというような欺罔手段を施したものではないことが認められる。右認定事実によれば被告人横田が勝を制し得たのは同被告人の花札を使用する賭博技能の巧妙なる点と鋭敏なる勘とにより自己の欲する月札を測定するにつき極めて高い蓋然性ある的中率によるものであり、従つて賭博における勝敗の偶然性は極めて稀薄であつたから、通常人が斯かる巧者に対抗せんとするも勝を制することは殆んど期待し難いわけである。併し乍ら被告人横田の技能が如何に巧妙であり、其の勘が如何に鋭敏であろうとも、其の勝率百パーセントと断じ難いこと前認定のとおりである。従つて記録によれば原判決は原判示賭博において全く勝負に偶然性がなく被告人横田の勝利が必至である旨認定しているところであるけれども右認定は稍々誇張にすぎる嫌いがあると共に、同被告人の勝利の原因が同被告人の勘の鋭さのみによる旨の弁護人の所論も亦失当と評さねばならぬ、けれども同被告人の技倆が右認定の如き場合岡島、源大の如き技倆拙劣ないわゆる素人を相手として行う賭博においては、両者間には単に技倆上の巧拙の差が存するにすぎないとは謂え、相対的な技倆の巧拙と雖も其の差異極めて懸隔し勝敗の決定に偶然性の支配する要素が殆んど認められない場合には客観的に勝敗の帰趨は明白であると謂い得る。原判決の判示は稍々誇張にすぎる点があるとは謂え、其の文意は右の如き趣旨において理解するを相当とする。而して被告人等共謀の上、被告人横田の斯かる巧妙なる技倆を有することを秘匿隠蔽し、よつて斯かる巧者であることを知らぬ客の岡島、源大を誘引して金銭の得喪を争う賭博の形式のもとに、勝敗を決し被告人横田が偶然に勝利をかち取つたものゝ如く誤信させたことは詐欺罪における欺罔手段たるを失わぬ。被告人等の原判示第一乃至第三の所為を詐欺罪に問擬した原判決は正当であり、勝敗の偶然性に関する誇張した原審の認定も未だ判決に影響を及ぼす程度に至らないものと認められる。論旨は理由がない。

量刑不当の論旨について。

記録を精査し、被告人両名の性行、経歴特に被告人宮村には前科がなく、被告人横田には禁錮以上の刑に処せられた前歴のないこと、本件犯行の態様回数、被害弁償の程度其他量刑に影響すべき諸般の情状を綜合斟酌するに、被告人宮村に対し懲役弐年、被告人横田に対し懲役壱年六月の各実刑に処した原判決の科刑は重きに失し相当でないと認められる。論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条に則り原判決を破棄し同法第四百条但書により当審において自ら判決する。

罪となるべき事実及び証拠は原判示第一の冒頭及び一、並びに第三事実中「詐術」とあるを「手段」に、第一、一の判示中「必然勝者となるべき方法が構ぜられ全く勝負に偶然性がなかつた」とあるを「勝者となるべき蓋然性が存し殆んど勝負に偶然性がなかつた」に、第一、二の判示中「必然的に勝者となる仕組」とあるを「蓋然的に勝者となる仕組」に夫々訂正し、原判示事実及び証拠を引用する。

(法令の適用)(略)

(裁判官 山田義盛 辻三雄 干場義秋)

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